コロナに負けずにもがいています

こんにちは、指揮者ひともぢです。

6月に練習を再開して、もう直ぐ5ヶ月になります。その間、楽員にコロナ感染者を出すことはありませんでしたが、これは何も対策をしっかりしたというよりも、単に運が良かっただけだという気がします。

前回も書いたように、感染症を完全に防ぐには、一切外出しない、誰とも接触しないという徹底したディフェンスが必要だからです。

趣味の活動なのだから、危険を冒してまでやる必要はないと考える方も多いと思いますが、私は3つの点でその考え方をとりません(そういう考え方の方を否定するのではなく、私は違う行動をするという意味です

一つは、歴史に学ぶということです。私は今回の新型コロナウイルス感染症の騒ぎが起こった時に、一番最初にやったことは、wikipediaで過去の感染症について調べたことです。14世紀のペスト、100年前のスペイン風邪、50年前の香港風邪、20年前のSARSなどです。

もちろん当時とは医療の進化が違ったり、人の移動距離が全然違うなど色々と違っていることはありますが、まず分かったことは、ペストを除いて、当時の医療技術では治るまでに3年くらいかかり、そのなかで第1波、第2波、第3波と、波状にパンデミックが起きていることです。つまり、このコロナとの戦いは数年かかるということです。

では、その数年間、ずっと身を潜めていることは可能でしょうか?

これだけインターネットが発展していると実際には引きこもり生活も可能でしょうが、私は実際に対面でオーケストラの合奏がやりたいのです。生活に必要か?と聞かれれば、趣味の時間は精神に対する作用からも、人生に対する潤いという点でも私には必須なものです。仕事して、食べて、寝ての人生は言い方は悪いですが、家畜の人生だと思います。

過去の歴史から分かったことは他にもあります。感染症対策の基本は、衛生的な環境と自己免疫力です。難しい言葉を使わなくても簡単な話で、手洗いうがいをして、笑って暮らすことです。

コロナウイルスを甘くみてはいけませんが、やれることを最大限にやって、その上で普通に近い生活をしないと、ありとあらゆることを制限されて、防空壕の中で暮らし続ける生活を長期間続けると、精神的にどういう影響があるのか、確たることは言えませんが、私は精神に良い影響があるとは思えません。

この普通に近い生活をする、ということがすなわちコロナとの戦いなのだと思います。

そして2つ目です。私は人生でも、音楽でも「思考停止」を一番嫌います。フェルマータはこれくらいの長さだ、とか、この曲はこう演奏するものだ、とか、@@はこう振っていた、とか、自分で考えずに演奏するのはつまらないし、音楽に対する冒涜だとさえ思います。

同様に、コロナウイルスが蔓延した。危ないから家でじっとしていよう。というのは、私には思考停止に見えるのです(モーツアルトはこう演奏するものだ、という考え方同様にその考え方は否定しません。)。

私は恐ろしい感染症が蔓延していることには十分注意を払いながら、いかに自分らしく生きるか、模索して、もがいて、足掻きたいのです。人間に生まれたのですから。こうした考え方を私はベートーヴェンから学びました。

決めつけたものの言い方になりますが、バッハはひたすら神に対する賛美を行い、モーツアルトは純粋に音楽を極めましたが、ベートーヴェンの音楽には哲学があります。それは「いかに生きるか?」という大きな問いです。

「問い」は大切です。

私はコロナ環境下でいかに新しい生活を、新しい音楽を、新しいアマオケのあり方を、問いかけています。いや、ちょっと違いますね。コロナに問われていて、それに答えを出そうとしているのだと思います。

例えば、手を洗うことが重要なのではありません。何も触れていなければ(空気中にウイルスが浮遊していなければ)ウイルスは手についていないので、手を洗う必要はありません(わかりやすく断言しています)。つまり目的は手にウイルスをつけないことで、ついてしまったウイルスを他に広げないために手を洗うのです。

密閉された部屋で、密集して息を吐く管楽器が演奏するというのは、「三密回避」という観点から考えると、思考停止していれば「無理でしょ」と簡単に結論が出ますが、密閉がダメなら、換気をすれば良いし、それがどれくらいの部屋に対して、何人いる時に、どれくらいの頻度で換気をすれば良いのか「考えれば」良いのです。

その考えることをせずに「三密回避」だけを高らかに謳っているのでは、それは思考停止をしているだけです。

文京フィルハーモニック管弦楽団は、感染症対策を万全に厳重に行った上で、練習を実施しています。コントロールできないことまで管理していませんが、コントロールできることに対しては、楽員から「やりすぎなのでは?」と言われるほどやっています。

例えば、管楽器奏者は演奏中フェイスシールドを顎まで下げて演奏してもらっています。私ももともとトロンボーン奏者ですから、それがどんなに煩わしく大変かわかりますが、それでも選択肢は2つしかないのです。その条件で演奏するか、諦めて家で寝ているか。

私たちは、実験を繰り返し、「三密回避」の命題をクリアしてオーケストラの合奏を続けていこうと思っています。

そして3番目は、「同調圧力」です。このコロナで「同調圧力」という単語が以前よりも聞かれるようになりましたが、例えば電車の中でマスクをつけていない人と喧嘩になる。などというニュースがそれにあたります。

電車の中でマスクをしない人と、マスクをつけて大きな声で喋っている人とどちらが、感染症にとって悪影響があるでしょうか?私は答えを持っていませんが、前者は社会的に非難されますが、私も電車や地下鉄に乗りますが、後者はいっぱいいて、誰からも注意されているのをみたことがありません。

自分が我慢しているのだから、お前も我慢しろ、という同調圧力は日本社会においては、「和」を作るために必要な部分もあるのだと思いますが、少なくとも芸術をするのには全く必要ありませんし、そもそもこのオーケストラは他のアマオケがやっていないことをやろうと思って始めたのです(オーディションをしないとか、月の団費をとらないとか)。

我慢を押し付けるのもおかしいし、自分が危険を冒しているんだから、あなたも頑張りなさい、も全くナンセンスで、大切なのは自分一人の頭で考えて、自分の行動に責任を持つことなのだと思います。

この「責任」は感染に対する責任ではありません。くどいようですが、どんなに頑張っていても感染する人は感染してしまうものだからです。

フェイスシールドの他に、パーテーションを使用した練習の実験を行いました。これを使えば、2メートルの距離を取らなくても、飛沫感染防止になるからです。弦楽器はすでに2メートルではなく、1メートルに狭めています。演奏中は喋らないし、マスクを常に着用しているからです。

画像は実験としてハンガーラックにラップを巻いてみたのですが、抗菌のビニールシートの薄いのが良さそうだということもわかってきました。今は金管楽器のベルからのエアロゾル対策を模索していますが、これからは部屋の湿度をどうしたら良いか(高い方が感染症対策には良いが、楽器にはよくない)、部屋の換気をどうしたら良いか、いろんな選択肢を模索して、実験して、自分の頭で考えて、新しい時代の新しいアマオケのあり方を見つけ出したいと思います。

コロナに負けないという気持ちも強いですが、コロナが出してくれた問いに、最速で最高の答えを出し続けていこうと考えています。

About NO Masaharu

元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。