指揮者として目指すところ

「拍が分かりにくいんですが…」と楽団員に言われました。
指揮見てもらっているんだ(笑)、という笑えない感想を第一に持ちましたが、うちの楽団員で「指揮通りに演奏しよう」という意識、「指揮にピッタリつけてやろう」という意識を持った楽団員がどれくらいいるのかは、確かに疑問です。
さて、拍が分かりにくい件、シューベルの4番「悲劇的」冒頭のadagioの部分だったと思うのですが、ゆっくりの3拍子のところです。
拍が分かりにくいと言うか1拍目をもう少し分かりやすくしてほしい、というリクエストだったのですが、それも当然で、私はここを3拍子が分かるようには振っていないんです(笑)。
拍を分かりやすく、例えば三角にとか、点を中心に集めて3つ振ったり、3拍目で振りかぶったり、というのは勿論私程度の指揮者でも簡単に出来ます。
では、何故私がそれをしていないか?
それは、この部分ゆっくりのテンポを私が示したら、あとは指揮が何もしなくても音楽を進めてほしいからなんです。2回のフェルマータは私が指示しますが、それ以外はオーケストラが自発的にアダージョしてほしいんですね。
それでは私に足りなかったのは何か?
それは、各パートへの出の合図をすべきだった、ということだと思います。
各パートへ出の合図が出来ないからこそ、拍数が分かるように指揮をする、というのが私の理解なのですが(間違っていたら指摘してください)、逆にずっと拍を出している指揮者、というのは、私「さぼっている」と思うんですよねぇ。
指揮者というのはメトロノームではないから、最初にテンポを出したら、あとは拍やテンポについては最小限であって、本来は指揮者は「音楽の表現」に専念すべきだと思うんです。
勿論拍やテンポを出しながら音楽表現をやる、というのが「指揮法」であるということは理解しています。
しかし、いくらアマチュアとはいえ、指揮者は芸術家で職人であると私は思っています。常に拍だけ明白に出していればいいという考え方ではいつまでたっても進歩しないんだと思っています。
私は勿論技術を疎かにするものではないですが、もっともっと芸術表現が出来るような指揮者に、もっともっと芸術表現が出来るオーケストラになればいいなぁ、と思っています。

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About NO Masaharu

元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。

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