アマオケを辞めるわけ2

こんにちは、指揮者のひともぢです。

このブログは足掛け15年やっているのですが、検索で一番読まれているのが「アマオケを辞めるわけ」という過去のエントリなんです。

なんで、そんなエントリが注目されているのかはよくわかりませんが、多くのアマオケがこのコロナ禍で不自由な活動を強いられている中で、新しいアマオケを探す人や、今のオケに不満がある人なんかが検索しているのかな、と想像します。

前回も書きましたが、アマオケを辞める人は、常に同じ理由で辞め続けるという意見は変わっていないです。指揮者が気に入らない人は、次のオケでも指揮者が気に入らないし、運営が気に入らない人は、次のオケでも運営に問題点を見つけてしまい、パート内で揉め事があって嫌になる人は、次のオケでも同じ目に遭います。

なんで、私ばっかりこうやってパート内で揉め事が……。と思うかもしれませんが、答えは簡単です。揉め事の原因がその人自身にあるからです。

それは、その人が「悪い」わけではなく、その人の考え方や行動が何にも変わっていないから、同じような目に遭うのだと思います。

その後1つのはっきりした原因を見つけましたので、再発防止のために書いておきます。

それは「自分の意見が通らないときに怒るから」です。

音楽に指揮者が必要な理由はいくつかあるんですが、その最も大きなものは、音楽の方向性を決める人間必要だからということに尽きると思います。

50人のオーケストラでみんなの意見を聞いていては、テンポ一つ決まりません。あるパートはゆっくりやってほしい、あるパートは速くやってほしい。そんなことをいちいち話し合っていては時間がいくらあっても足りませんし、人間関係の力で決めれば、負けたパートはいつも負けて不満を持つわけです。

だから、最初っから交通整理だけを専門にやって音を出さない指揮者が必要なんです。

ところが、これが運営になるとちょっと難しくなって、絶対権力者を設定すれば、それはそれでその人と合うか合わないかだけに集約されるので問題点は明確になりますが、うちのように民主的にやります!などと謳っていると、「自分の意見も取り入れてもらえる!そもそも自分の意見は正しいのだから」と思う人がどんどん出てきます。

何かを言えば、必ずそれについて賛成反対、メリットデメリットがあるものなのですが、ちょっとでも反対意見を言われると「人間性を否定された」と思ってしまい、激怒するわけです。

多数決をやったって、満場一致でない限り、必ず否決される意見は出るわけです。意見が仮に5つ出れば、妥協はあるにせよ、4つの意見は却下されて、採用される意見は1つだけです。

「せっかく意見を言ってやったのに」と思う人は、そもそもその段階で間違っています。オーケストラは50人からの団体です。意見を言うことの重要度は高いですが、一人の意見は1/50の重みしかないので、取り上げられる確率は限りなく低いんです。

自分に権限がある場合は、思ったことをどんどん提案してどんどん実行していきましょう。しかし、そうでない場合、自分の意見を「言うチャンス」は当然あります(うちのオケの場合)が、全ての意見を均等に実行することはできません。

私は他のオケでも状況は大体一緒なのかな?と想像しています。

運営はみんなで分担しましょうというのはお題目だけ。結局は一部の人だけが頑張ってやるだけで、多くの人はみてみぬふり。だったり、選曲は結局いつも一部の人の意見ばかりが通って偏りがある。だったり。何がしかの不満はあるものです。

一つのアマオケに何十年も在籍している人がいますが、そういう人は自分の意見を取り入れてもらえる立場にいるか、最初っからオケにはそういう機能を期待していない人なのではないでしょうか?

その一方で、本当に演奏会一回ごとにオケを変えている人や、演奏会まで我慢できない人も多く聞きます。

別に一つところにずっといることがいいことだとは思いませんが、少なくとも、腹を立てて辞めていくことを続けていくのはあまり良いことではないと思います。

前回と同じ結論にはなりますが、オアシスのようなオーケストラはありません(あれば、それはオアシスでありパラダイスです。大事にしてください)。自分が変わること、自分のルールを人に押し付けないこと、自分が大切にしている物や事を、他人も同様に大切にしてくれると思わないことです。

ストレスを解消できる趣味の活動が自分の気持ち一つで手に入るのですから、やってみる価値はあると思いませんか?

About NO Masaharu

元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。

コメントを残す