インプットとアウトプット

おはようございます。指揮者のひともぢです。

緊急事態宣言が明けて、なんとか毎週練習できていますが、おかげさまで、見学者も毎週来てくれています。今もコロナ状況下ではありますが、コロナが始まった頃はとにかく管楽器はほとんど来ていて、弦楽器が各パート1人か2人と言う状況が長く続きました。

合奏はできるんですが、オーケストラっぽくなくて、吹奏楽のような音に聞こえるんですね。ようやく最近オーケストラっぽくなってきて、昔が戻ってきた気がします。

さて、見学者が増える時期に、うちの楽団は毎回同じ問題に突き当たります。それは、見学に来られる方のレベルに激しくばらつきがある。と言うことです。

最初に断っておくと、うちの楽団は楽器のレベルは一切問いませんので、楽器さえ持っていれば、どなたでも大歓迎です。しかし、実際に来られる方が、楽譜を前に手も足も出なくて、目を白黒しているというのは、結構良くあるパターンなんです。

これは本当に千差万別、人によって捉え方が様々で、1音も弾けなくても、オーケストラの中で練習の雰囲気を味わうだけで幸せでした。と言ってくれる人もいれば、皆さんの邪魔になるので自分にはまだ早いようです。といって背中を丸めて帰られる方もいます。

そういう方にも「こっちは全然大丈夫ですよ」と声はかけるのですが、やっぱりご本人が楽しめないのですから、長続きはしません。そこは楽しめるのも楽しめないのも性格のことなので、いいも悪いもないと私は思います。

しかし、吉田兼好の徒然草の百五十段に、皆さんに紹介したい文章があります。

私は、この精神でやるのが良いと思います。そう思ってこの楽団を続けてきました。

ゴルフでも「練習場で1万発打ってから、コースに出るのが良い」とか、そういうある程度の基礎を身につけてからというような考え方はあると思いますし、それ自体を否定はしません。でも、音楽をやる人は特に、人に迷惑をかけたくないと言う建前を言って、本音は人前で恥をかきたくない、という人が多いような気がします(私自身もそうだからです)。

インプットをしっかりしてから、アウトプットというのは、慎重で、丁寧で一見合理的な感じがしますが、少なくとも大人になってから楽器を始めた人には当てはまりません。

大切なのはアウトプットです。アウトプットして、アウトプットしてスッカスカになれば、自然と自分でもインプットに気が行くようになります。これが逆にインプット過多で、アウトプットがほとんどない人がすごく多くて、だから上達のスピードが遅いのではないか?と私は思うのです。

例え話が適切かどうかわかりませんが、英会話スクールにだけ通って英語ができるようになった大人っているのでしょうか?私はいないか、いてもすごく稀なんだと思います。逆に、英語なんかできなくても、アメリカに引っ越して、英語社会で暮らせば、3ヶ月後くらいには、実践力が身につくのではないでしょうか。

オーケストラでは確かに音を出すので、違う小節の音を出したり、音程が違ったりすると、他の人にバレてしまうし、他の人が演奏しにくくなると言うのは厳然たる事実としてあります。でも、文京フィルハーモニック管弦楽団はそれでもいいと言っているのです。

どんなに調子っ外れでもいいんです(同じ場所2回間違うと指揮者から指摘はされますよ)。普通なら迷惑だから音を出すな、と言われるところを「全く問題ありません」とここにはっきり書いてあるんです。

大人になって楽器を始めたレイトスターターこそ本当に求めるべきは、自分の目的を達成するために助けてくれる良い先生と、1音でも1回でも、1曲でも多くアウトプットする機会なのだと思います。

私はいままで合奏の時に「音を出す前の呼吸が大切」と言い続けてきましたが、それは音を吸うことを指しているのだとずっと錯覚してきました。しかし、座禅を習った時に、禅では一番最初に息を吐くのだと教えてもらって、目から鱗が落ちました。

息を吸う前に吐く方が重要。

そして、音楽はインプットよりもアウトプットが重要。下手くそでも音を出す。合わなくても合奏する。考え方は色々あると思いますし、私の意見に反対の方もいるとは思いますが、少なくともうちの楽団は、初心者、未経験者にアウトプットの機会を提供し続けていきます。

ぜひ、一緒に合奏しましょう!

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元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。

柳家小三治とカラヤン

おはようございます。指揮者のひともぢです。

昨日、噺家の柳家小三治師匠の訃報に接し、膝から頽れるほど衝撃を受けています。落語家ではなく、「噺家」という言葉にこだわった人間国宝の小三治については、改めて書くまでもないとは思いますが、このブログを読んでくれているクラシックファンの中には落語なんて聞かないよ、という方もいると思いますので、ちょっとだけ解説します。

噺家には屋号があって、「柳家」とか「三遊亭」とか「桂」とか「林家」とかが有名だと思いますが、それぞれの屋号には「止め名」というのがあって、それぞれの屋号で最終的に奥義に達した第一人者が名乗ることになっています。

柳家の止め名は「小さん」で、現在は六代目柳家小さんが活躍されていますが、名人揃いの小さんの中で先代の五代目小さんは落語界初の人間国宝になり、私の年代だと、永谷園のお味噌汁のCMでお茶の間にも広く顔の売れていた大名人でした。

小三治は小さんの弟子で、本来であれば、その芸といい、人間性といい、止め名の小さんに相応しい噺家でしたが、彼は彼らしく、小さんを名乗らないことを早々に宣言して、我が道を行きました。ちなみに、先代の小さんもそうでしたが、柳家の芸風として滑稽話を仏頂面でやるというのがあります。すごくつまらなそうに、面白いことを言うんですね。本当に名人芸でした。

本当はもっともっと小三治の話を書きたいのですが、クラシックファンが「カラヤンはいつ出てくるんだ!」とヤキモキしているでしょうから、先を急ぎます。

小三治は若い頃は、革ジャンを着てバイクに乗るなど、従来の噺家のイメージからはかけ離れた部分もありました。草野球チームなんで野球もやっていたようですが、とりわけ、クラシック音楽とオーディオに造詣が深く、私は中学生や高校生の頃、音楽雑誌やオーディオ雑誌で柳家小三治という名前を知ったくらいでした。

その小三治がカラヤンについては非常に辛口で、要約すると、あざとく棒を振り、人を感心させようという下心が透けて見えるので嫌いだ、と言っているのです。

カラヤンファンの皆さんすみません。私が言っているんではなくて、小三治が言っています。

ちなみに、これまたクラシックファンには非常に有名な、指揮者で評論家の宇野功芳さんも同様にカラヤンには辛口で、豪華なだけで無内容と評したのはあまりに有名です。

カラヤンファンの皆さんすみません。私が言っているんではなくて、宇野功芳が言っています。

しかし、お二人の影響を色濃く受けた私は、見事にカラヤン嫌いに育ってしまいましてね。もちろんカラヤンにもいい演奏があるので愛聴しているものはあるんですが、一体にカラヤンは避ける傾向にあります(一番最初に聞いたクラシックのレコードがカラヤンの惑星であったにも関わらず)。

でね、今日の私からのメッセージは「カラヤンのことが嫌いになっても、小三治のことは嫌いにならないでね。」でした。

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初心者歓迎の分岐点

こんにちは、指揮者のひともぢです。

先週に緊急事態宣言が明けて、土曜日から練習が再開されました。引き続き、ソーシャルディスタンスや、マスクの付け替え着用、手洗い、消毒、定期の換気など、感染症対策を実施しながら、練習を続けていくことになります。

とはいえ、会社や家庭の事情で練習に参加できない楽員もおり、この1年半、大体20人前後での合奏が続いております。標準の2管編成から少し、小規模を想定して選曲していますが、管打楽器13人と考えて、弦楽器は15人はいて欲しいので、もう一声、安定して参加できるメンバーが揃うといいなと思います。

私たちの楽団は「初心者大歓迎」を掲げており、本当に、楽器さえ持っていればどなたでも入団いただくことは可能です。

しかし、その一方で現実には、楽器を始めても、オーケストラの曲を満足に演奏できるようになるには莫大な年数が必要です。

大体、3年くらいやっていれば、見学希望を出す勇気も湧いてくるというものですが、現実には楽器を持って半年でも、3年でもあんまり変わりないです。

では、安心してアマオケに参加できるには何年練習すれば良いか?という疑問が湧いてきます。

5年ですか?10年ですか?ヴァイオリンだと、3ポジションを覚えてからですか?ヴィブラートを教えてもらってからですか?

先に答えを書いてしまえば、「答えは自分がやりたいか、やりたくないか」で決めるのが良いと思います。

うちの楽団には、楽器を習って1ヶ月とか、3ヶ月という人もたまに、見学に来てくれます。見学の申請の時に楽器歴は聞かないし、ついでに書いておきますが、男女の性別も年齢も伺いません。趣味の活動に必要ないからです。

楽器を持って1ヶ月の人がオーケストラの曲を弾けるか?吹けるか?叩けるか?というと、答えは絶対的にNOです。でも、本人がそれでもよければ、難しい曲に挑戦するのはありですし、法律で決まっているのではないから、他人がそれをとやかくいうことはないでしょう。

反対に、全然演奏できないから、楽しくない。ということもあると思います。真面目で正直な人ほど、その傾向があるのですが、「全然弾けなくて迷惑をかけるので、もう少し練習してから参加します」と言って、見学を辞退してしまうのです。

それも、本人の選択だから、絶対的に尊重されるべきだし、他人から強制されることは一つもないのですが、私から言わせれば「もったいない」

前述の通り、例えばヴァイオリンは10年習っても、アマオケで十分に満足して演奏できるようになるか、ならないかという楽器です。弦楽器と管楽器でイメージが少し違うと思いますが、中学校に入って吹奏楽部に入ったら、3ヶ月後には全員楽器を持って、先輩と一緒に音を出すようなペースですよね?

大人になって楽器を始めた人が多いから、学生時代のように毎日練習できないです。と仰る方も多いです。しかし、「だからこそ!」なのです。

毎日練習することができないからこそ、さっさとアマオケに入って、実践を積んでいかないと、いつまで経っても目標を達成することはできません。

習いに行っている先生が「絶対にやめろ」という場合もあります。それも大切ですが、その時は反対に「ではこのペースで練習して、いつころオーケストラに入れるか教えてください」と丁寧に質問してみるのがいいと思います。

習い事をダラダラとやっているのは時間とお金の無駄ですから、目標をはっきり設定して、それに向かって助言してくれる先生が良い先生だと私は思います。

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再始動

おはようございます。指揮者のひともぢです。

昨日、緊急事態宣言が9月いっぱいで解除されることが決定されましたので、10月2日、今週の土曜日から、いよいよ練習再開です。

新型コロナウイルスが日本で見つかったのが19年の年末から20年の1月くらいにかけて、3月からなんだか自粛の動きが始まり、1回目の練習停止、6月から自粛が解け、練習を再開して、年内はなんとか、練習ができていました。

しかし21年の1月頭からの緊急事態宣言で、2回目の練習停止。これは1ヶ月と少しで解けたので、2月から練習再開できましたが、ゴールデンウィークを目前に3回目の練習停止。

2ヶ月弱、6月末にまん延等防止措置に移行して、練習再開、しかしたった3週間の練習再開で、4回目の練習停止。2ヶ月半の長き渡って、緊急事態宣言が出ていました。

緊急事態宣言下でも練習していたり、演奏会をしていた楽団もありますが、その一方で、私たち同様に自粛していたり、物理的に練習できなかった多くの楽団の様子をTwitterなどで見ることができて、日本全国のアマオケにとって本当に受難の時期であったと思います。

逆説的な言い方になりますが、私たちはプロではないので、生活がかかっているわけではありません(生活の直撃を受けている人も多いと思いますが)。

感染症の拡大には抵抗しつつ、やれることをやれる範囲で続けていけばいいのだと思います。

「鬼滅の刃」で鬼の始祖、鬼舞辻無惨は「雨が 風が 山の噴火が 大地の揺れが どれだけ人を殺そうとも 天変地異に 復讐しようという者はいない」と言っています。

全くその通りで(新型コロナウイルスが人為的に作られたという説もあるようですが)コロナウイルスは自然のものだから、文句を言っても始まりません。もっとも、対応がどうこうと政府や自治体に文句を言っても始まらないのですがね。この想いは秋の総選挙で晴らしましょう。

文句を言っても始まらないので、私たちは感染症対策をして、音楽活動をすることになります。前にも書きましたが、以前から冬になると風邪気味でも練習に参加する楽員がいました。体調が悪くても練習に参加するとは見上げた根性!と礼賛する向きもあるようですが、私は厳重に練習には来ないように楽員に申し伝えていました。

オーケストラの練習はどこでやるにせよ、密室になり、20人から30人程度の人間が集まる、感染症にとっては天国のような状況が発生します。私自身が風邪をひきやすいこともあり、(自己防衛を除いて)マスクをするような人は練習に来ないでくださいということを徹底していました。

今後は、加えて、マスク、手洗い、消毒、換気。この辺を徹底していくことになります。もうそれしかないんです。

いつか、この新型コロナウイするの脅威が低減される日が来るかと思いますが、仮にそうなったとしても、対策は何らか残り、全く以前の元に戻るということはないと思います。

リバウンド話もありますが、リバウンドは来るでしょう。もしかしたら毎年冬には練習できなくなることも考えなくてはいけないのかもしれませんが、いずれにしても、自分でコントロールできないことを心配しても仕方ありませんん。

自分にできることをしっかりやっていく。この当たり前のことを当たり前にやっていくしかないのだと思い、今回の練習再開を、貴重な幸福な時間だと思って大切に楽しむことにします。

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未来は予測しづらい

こんにちは、指揮者のひともぢです。

私ごとになるんですがね、もう2年と9ヶ月ステージに立っておりません。私が最後にステージに立ったのは2018年12月9日の第18回定期演奏会になります。

その後も、楽団としては第19回定期演奏会が2019年の9月21日に行われているんですが、その演奏会には私は出ていないんです。

自分の作ったオーケストラで指揮者をやっている私が演奏会に出ていないというがどういうことか、もしかすると想像できないかもしれませんが、楽団を作って10年以上が経ち、ほとんどのことを自分一人で決済して、自分一人でやってきた私が、「私」という存在を中心に楽団を運営すれば、持続可能性に問題があると考えたのです。

この楽団は、100年続くことを目指して作りました。私自身が楽しいとか、やりたいことをやるとかそういうことではなくて、楽器初心者にも門戸を開き、音楽のハードルを下げて、裾野を広げるために作ったのです。

そして、その「理念」は私が引退し、死んだ後も続かないと本物では無いと感じたのです。

音楽家は大抵自己中心的です。特に一部の優れた芸術家と、趣味で音楽をやっている人は極端に自己中心的です。ある意味、それで良い部分というのはあるのですが、その部分を満たしたいのであれば、他に良いオーケストラがいっぱいあります。

私たちのオーケストラは下手くそでも、一生懸命練習する人たちを応援したいと思って作ったのです。簡単にオーケストラに入れない人でも、ここで経験を積み、知識を増やし、練習してもっと上手なオケや、もっと大きなオケに行ってくれれば、それでいいんです。

そういうオーケストラは自己満足で運営するわけにはいきません。だから、私は音楽監督を人に譲り、自分は本番に乗らないのに、毎週の練習に行き、代振りをして、毎週楽員と酒を飲み、オケの運営にだけに徹して見る時期を作ったのです。

演奏会の運営もいままでは私が号令をかけてやっていましたが、なるべく任せるようにしました。いっぱい不備が見つかりましたが、それもいい経験になり、その後かなり上手に修正できています。

さて、他人にまるまる1つの演奏会を譲り、外から客観的に演奏会を見ることもやってみたのですが、まさかその半年後に新型コロナウイルスが猛威を振るい、ほぼ1年半(現時点で)練習がままならず、演奏会を2回も飛ばし、私自身 丸3年ステージで指揮ができないことになるとは、「あの時は」思いもしませんでした。

会社でも四半期の計画と同時に、中期計画などを立てます。私もこのオーケストラで2、3年後の中期計画と大雑把な10年の計画を立てて活動しています。いままではそれでほとんどうまくいっていました。

実はそれが砂上の楼閣であり、偶然の産物であったことを今回は痛感しました。もちろん、計画は必要です。少なくとも50人くらいの人間が関わり、年間で100万円くらいの動く団体なのですから、全くの無計画、行き当たりばったりというわけにはいきません。

しかし、計画に囚われてはいけないし、計画通りに進むとも限りません。未来から逆算して考えることはとても大切です(10年後にどういうオケになっていたいのか?とか10年後にどういう指揮者でいたいのか?という問いは大切です)。でも、それに対しては常に柔軟に対応しなくてはいけません。

また、先にお楽しみを取っておくのも間違いだと思いました。やりたいこと、やれそうなことはすぐに手をつけないと、人生はあまりに短すぎるし、不確実なことが多すぎるからです。

未来は予測しづらいですが、その未来を手中にしていくのも人生の楽しみなのだなということを痛感するこの頃です。

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0から1と1から100

こんにちは、指揮者のひともぢです。

うちの楽団は15年の歴史がありますが、楽員数の最大は97人で、いまは41人です。

一番人数がいた時は、ラフマニノフの交響曲2番なんて大曲ができたし、何よりもコントラバスが9人もいて、トロンボーン、チューバをバンバン鳴らして、映画音楽やバレエ音楽もできましたが、最近は特に弦楽器が少なくて、トロンボーンのない曲を選曲せざるを得ない状況になっています。

これは、何もコロナのせいだけではなくて、どんな組織でも、人数が一定と言うことはなくて、波が寄せては返すように、増えたり、減ったりするものだと思います。

最近入った人は、しきりに「人が減った」とか、「人が少ない」とかいうのですが、40人もいる趣味の団体が少ないわけはなくて、この人数でもやれる曲はいっぱいあるわけです。

ただし、大好きなチャイコフスキーは難しいです。

とはいえ、練習の時に弦楽器のパートが一人か二人という状況は確かに心細いし、実際に音量は出ないわけです。その意味では確かに「少ない」という点は認めましょう。

でもね、私は思うんです。自分でオーケストラを作った時は、私しかいなかったんです。最初っから60人も90人もいたわけじゃないんです。0から1の1は私。そして、1は頑張れば10にも100にもなるんです。

パートが思うように揃わないのは、アマオケの大いなる悩みです。自分の都合の良いようにはなかなかいきませんが、最初っから、それぞれの楽器の奏者が比例して正規分布しているわけではないから、これは織り込み済みだし、そうでないといけないんですね。

その意味では、97人いた時は、幸せだったのかもしれませんが、その分揉め事も多く、落ち着かない状況であったと思います。

要するに、何が言いたいかというと、0から1にする熱量は1を100にするのとは比べものにならないくらい高いものでなくてはいけないし、そこには多くの幸運と、テクニックが必要なんです。

そして、1を100にするには、0から1を作り出すのとは全く別の価値観と概念とテクニックが必要なんです。また、組織は呼吸をするように人数を増やして減りするものだし、楽団の勢いというのも同様に、バイオリズムのある生き物のようなものなのです。

大切なことはぶれないことです。何にためやっているのか、目的と手段を間違えないことです。

正直に書くと私はまた97人にしたいとは全然思っていません。あの時の苦労はもうゴメンだし、あの時のように若くもないので、正直疲れます。

ただ、標準の2管編成の曲ができて、選曲に制限ができないくらいまでには弦楽器の人数は増やさないとな、と思っています。

コロナのこの状況で、なかなか難しいものがありますが、楽しんで楽団運営していけば、その未来はそんなに遠くないと思っています。

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元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。

アマオケを辞めるわけ2

こんにちは、指揮者のひともぢです。

このブログは足掛け15年やっているのですが、検索で一番読まれているのが「アマオケを辞めるわけ」という過去のエントリなんです。

なんで、そんなエントリが注目されているのかはよくわかりませんが、多くのアマオケがこのコロナ禍で不自由な活動を強いられている中で、新しいアマオケを探す人や、今のオケに不満がある人なんかが検索しているのかな、と想像します。

前回も書きましたが、アマオケを辞める人は、常に同じ理由で辞め続けるという意見は変わっていないです。指揮者が気に入らない人は、次のオケでも指揮者が気に入らないし、運営が気に入らない人は、次のオケでも運営に問題点を見つけてしまい、パート内で揉め事があって嫌になる人は、次のオケでも同じ目に遭います。

なんで、私ばっかりこうやってパート内で揉め事が……。と思うかもしれませんが、答えは簡単です。揉め事の原因がその人自身にあるからです。

それは、その人が「悪い」わけではなく、その人の考え方や行動が何にも変わっていないから、同じような目に遭うのだと思います。

その後1つのはっきりした原因を見つけましたので、再発防止のために書いておきます。

それは「自分の意見が通らないときに怒るから」です。

音楽に指揮者が必要な理由はいくつかあるんですが、その最も大きなものは、音楽の方向性を決める人間必要だからということに尽きると思います。

50人のオーケストラでみんなの意見を聞いていては、テンポ一つ決まりません。あるパートはゆっくりやってほしい、あるパートは速くやってほしい。そんなことをいちいち話し合っていては時間がいくらあっても足りませんし、人間関係の力で決めれば、負けたパートはいつも負けて不満を持つわけです。

だから、最初っから交通整理だけを専門にやって音を出さない指揮者が必要なんです。

ところが、これが運営になるとちょっと難しくなって、絶対権力者を設定すれば、それはそれでその人と合うか合わないかだけに集約されるので問題点は明確になりますが、うちのように民主的にやります!などと謳っていると、「自分の意見も取り入れてもらえる!そもそも自分の意見は正しいのだから」と思う人がどんどん出てきます。

何かを言えば、必ずそれについて賛成反対、メリットデメリットがあるものなのですが、ちょっとでも反対意見を言われると「人間性を否定された」と思ってしまい、激怒するわけです。

多数決をやったって、満場一致でない限り、必ず否決される意見は出るわけです。意見が仮に5つ出れば、妥協はあるにせよ、4つの意見は却下されて、採用される意見は1つだけです。

「せっかく意見を言ってやったのに」と思う人は、そもそもその段階で間違っています。オーケストラは50人からの団体です。意見を言うことの重要度は高いですが、一人の意見は1/50の重みしかないので、取り上げられる確率は限りなく低いんです。

自分に権限がある場合は、思ったことをどんどん提案してどんどん実行していきましょう。しかし、そうでない場合、自分の意見を「言うチャンス」は当然あります(うちのオケの場合)が、全ての意見を均等に実行することはできません。

私は他のオケでも状況は大体一緒なのかな?と想像しています。

運営はみんなで分担しましょうというのはお題目だけ。結局は一部の人だけが頑張ってやるだけで、多くの人はみてみぬふり。だったり、選曲は結局いつも一部の人の意見ばかりが通って偏りがある。だったり。何がしかの不満はあるものです。

一つのアマオケに何十年も在籍している人がいますが、そういう人は自分の意見を取り入れてもらえる立場にいるか、最初っからオケにはそういう機能を期待していない人なのではないでしょうか?

その一方で、本当に演奏会一回ごとにオケを変えている人や、演奏会まで我慢できない人も多く聞きます。

別に一つところにずっといることがいいことだとは思いませんが、少なくとも、腹を立てて辞めていくことを続けていくのはあまり良いことではないと思います。

前回と同じ結論にはなりますが、オアシスのようなオーケストラはありません(あれば、それはオアシスでありパラダイスです。大事にしてください)。自分が変わること、自分のルールを人に押し付けないこと、自分が大切にしている物や事を、他人も同様に大切にしてくれると思わないことです。

ストレスを解消できる趣味の活動が自分の気持ち一つで手に入るのですから、やってみる価値はあると思いませんか?

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組織の要諦

こんにちは、ひともぢです。

ずいぶん時間が経ってしまいました。前のエントリを見ると、史上最高の1年にする!なんて宣言していますが、9ヶ月が経ち、ほとんど練習できないばかりか、演奏会は中止になり、楽団創設15周年の記念行事も何一つできない状態が続いています。

ブログもすっかり放っておきになっています。すみません。もともとこのブログは楽団に興味を持った人が、「どういう考えでこの楽団をやっているのか」を知ってもらうために始めたんですが、15年前はブログというメディアがほぼ情報発信の唯一の存在でした。

今では、Twitter、Instagram、Facebook、Youtubeとこの楽団でも様々なメディアを使っています。決してブログは廃れたわけではなく、その役割立ち位置が変わったのだなと思います。

速報性の高いTwitterは毎日更新して、楽団の認知度を高める目的で使っています。若い人に親和性の高いInstagramは画像のインパクトでやはり認知度向上を図っていますが、こちらはあまりうまく使えていません。Facebookは比較的年齢が高く、ちょっと突っ込んだ内容を展開できます。そして今後一番力を入れなくてはいけないと思うYoutubeですが、こちらは、なにしろ練習できないので、素材を集めることができず、更新が滞っています。

一時期は、tiktokも考えたのですが、ユーザー層が私たちの求めるものではないと思い、手を出さずにいますが、今後変わるかもしれません。

さて、ブログですが、もともと私の考えを書いて、後から入ってきた人にも違和感なく参加してもらうことや、演奏会に来てくれた人が納得してくれることを目的として始めました。

というのも、この楽団は普通のアマオケを目指しているわけではないからです。

例えば、うちの演奏会は0歳児から入場できます。音楽を聞きに来ているので、雑音を出すのはご法度です。実際、飴やガムの包み紙をカサカサしないようにとマナー啓発は行なっています。その一方で、赤ちゃんの入場は認めている。これは矛盾するのでしょうか?

私は矛盾しないと思います。聞き分けのある大人が、演奏の前に飴やガムを用意するのは、できて当然です。演奏が始まってから喉が気になってというのは、何にも考えていない証拠です。

しかし、赤ちゃんが泣いたりぐずるのは「仕方のないこと」です。この文章を読んでいるすべての人が、赤ちゃんだったことがあるわけで、当然、誰のいうことも聞かずに泣いたりぐずったりしたわけです。

0歳児を抱えたご両親にも演奏会に来てほしいし、0歳児にこそ本物のオーケストラの音を聞いてもらいたい、これがこの楽団の考えです。

演奏する人にも、通常のオーケストラの「常識」には反したルールがいっぱいあります。過去のエントリを読んでいただければお分かりだと思いますが、相当に風変わりなルールがありますが、それはすなわちこの楽団の理念なんです。

こうした理念をしっかり文章に残すことは、組織を維持反映していく上で大きな意味があると思います。

会社は「お金」で持って社員を縛り付けることが可能です。しかし、趣味の団体、アマチュアオーケストラはそうではありません。そういう人が集まる集団を維持していくには、はっきりとしたルールと、共有できる「考え方」の2つが重要だと考えています。

この楽団を作った時に、一番最初に作ったのは、ホームページとそこに記載する「楽団規約」です。今も、楽員募集のページに規約が載っています。これを読めばこの楽団のルールは大方わかります。もちろん、細かい不文律みたいなものも長い時間の間に作られています。

そして、共有できる「考え方」をお伝えするのには、コミュニケーションを図ることが大切で、それが故にこの楽団は毎回の練習の後に運営委員会という名の、食事会・飲み会を開催しています。

話さないと人間は理解できません。話さないから理解できないんで、嫌いな人や嫌な人と接触を避けると、必ず決別します。

いま、食事会ができる状況ではないので、それに代わるものとして、このブログのエントリの頻度を今後は上げていこうと思います。

このコロナ禍で楽員もずいぶん減ってしまいました。しかし組織は増えることもあれば減ることもあり、曲線を描きながら、進んでいくものです。そのための規約はしっかりしており、あとは今私は何を考え、どう思っているのかをしっかり発信していくことだと思っています。

コロナ禍の収束はまだまだ見えてきませんが、今できることをしっかり続けていこうと思います。

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2021年の文京フィルは過去最高の一年にします

みなさん、新年あけましておめでとうございます。指揮者のひともぢでございます。

Twitterに毎年ブログで1年を振り返っているのが恒例だ、みたいなことを書きましたが、確認してみるとそんなことしていませんでしたね。まぁ今年もそんな感じですよ。

2020年はどんな人にとっても、未経験の1年になりました。

文京フィルも、2月までは通常練習していましたが、3月は練習会場の貸し出しが停止し、一般の練習場を確保することになりました。なりましたが、楽員が、家庭や会社や様々な事情で練習に参加できなくなり、自主練習の1ヶ月間となりました。

4月に緊急事態宣言が出され、練習は全面的にストップ。

毎週土曜日手持ち無沙汰になった楽員と一緒に、ZOOMで飲み会を行い、コミュニケーションを取り続け、楽団の最高意思決定期間である評議会も、全楽員ミーティングもZOOMで行うなど、新しいツールを導入することができたのはよかったです。

6月に緊急事態宣言が解除される前に、都内の練習場の情報をしらみ潰しに当たり、解除後はすぐに練習を再開。しかし、3月の時以上に、楽員は練習に来られなくなり、そうこうしているうちに、一人辞め、二人辞めと、ポロポロと人数は減っていきました。

毎回の練習もそれまで大体30人くらいは来ていたのが、20人くらいになり、毎週パートに歯が抜ける状態が常態化してきました。

とはいえ、そんな状態は楽団創設時もそうだったし、私たちは演奏会をする団体ではなく、毎週の練習を頑張る楽団なので、参加する楽員で協力し、話し合いながら練習を進めていきました。

もちろん、感染症対策は、コロナ以前からしっかりやってきたつもりですが、距離を2メートルとり、管楽器奏者はフェイスシールドをしたまま演奏してもらっています。手洗いや消毒もやり、1時間に1回の換気を行い、この楽団の代名詞ともなっていた、練習後の運営委員会という名の食事会も、7月からは中止しています。

一部の楽員からは、やりすぎではないか?という声もありましたが、こういうことはやりすぎるくらいでないといけないというのが私の考えです。国や都のようにしがらみのない、私的な団体なので、とにかく徹底的に感染症対策を行わないと、万が一感染者が出てきたときに、「何をやっていたんだ!」という批判に応えられないからです。

そんな思いをするなら、練習しなければいいのに、という考えもあるでしょう。

しかし、私はそれはただの思考停止だと思います。危ないから何もしない、というのは知恵のある文明人のやることではないとも断言します。自分の頭で考えて、やれることを全部やるべきだし、命を奪うウイルスであっても、戦いを挑み、私たちの日常を自分の力で確保すべきなのです。

この考えは誰に対しても強制はできません。しかし反対に、感染症対策をやっているのですから、誰からも非難される言われもないと考えています。

一番ショックだったのは、5月の演奏会を中止したこと、そして本当であれば8日後に行うはずだった演奏会を延期したことです。

こんなことは、あの東日本大震災の後でもなかったことで、楽団を作ってからもっと衝撃的な事件だと思います。

でもね、これも考え方次第ですよ。

「人間万事塞翁が馬」というではないですか。私は荘子の信奉者なので、「無為自然」を最上のものと考えています。コロナのせいで、私たちは古い日常を捨てることができるのだと考えます。

アマチュアオーケストラも新しい形に適応できる楽団が生き残り、適応できない楽団は消え去っていきます。オーケストラ自体が、もうすでに過去の遺物になっているのかもしれないとも思います。

私たちは、アマチュアオーケストラが楽しいんです。だから、やめずに続けていきます。可能な限り安全を確保しながら。

この間、さっきも書いたようにZOOMで会議ができることがわかりました。Youtubeの動画にも手を広げましたし、noteも作りました。

私は2021年の元旦にあたり、高らかに宣言します。

楽団創立15周年の今年、文京フィルは見たこともないほどの飛躍の一年にします。

過去最高の見学者を集め、過去最高の演奏会来場者を目指します(うちの楽団は演奏会の、演奏の質を目指さない楽団なんです)。

1年後の今日、2021年は心の底から良い一年だった。と胸を張っていえるように、やれることをやります。やれないことは頑張りません。

私たち学院もそうですが、演奏会に来てくれる方、このブログを読んでくれている皆さんが、健康で、楽しいクラシック音楽を、今まで以上に楽しめる1年になりますように。心から願っております。

今年もよろしくお願いします。

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元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。

コロナに負けずにもがいています

こんにちは、指揮者ひともぢです。

6月に練習を再開して、もう直ぐ5ヶ月になります。その間、楽員にコロナ感染者を出すことはありませんでしたが、これは何も対策をしっかりしたというよりも、単に運が良かっただけだという気がします。

前回も書いたように、感染症を完全に防ぐには、一切外出しない、誰とも接触しないという徹底したディフェンスが必要だからです。

趣味の活動なのだから、危険を冒してまでやる必要はないと考える方も多いと思いますが、私は3つの点でその考え方をとりません(そういう考え方の方を否定するのではなく、私は違う行動をするという意味です

一つは、歴史に学ぶということです。私は今回の新型コロナウイルス感染症の騒ぎが起こった時に、一番最初にやったことは、wikipediaで過去の感染症について調べたことです。14世紀のペスト、100年前のスペイン風邪、50年前の香港風邪、20年前のSARSなどです。

もちろん当時とは医療の進化が違ったり、人の移動距離が全然違うなど色々と違っていることはありますが、まず分かったことは、ペストを除いて、当時の医療技術では治るまでに3年くらいかかり、そのなかで第1波、第2波、第3波と、波状にパンデミックが起きていることです。つまり、このコロナとの戦いは数年かかるということです。

では、その数年間、ずっと身を潜めていることは可能でしょうか?

これだけインターネットが発展していると実際には引きこもり生活も可能でしょうが、私は実際に対面でオーケストラの合奏がやりたいのです。生活に必要か?と聞かれれば、趣味の時間は精神に対する作用からも、人生に対する潤いという点でも私には必須なものです。仕事して、食べて、寝ての人生は言い方は悪いですが、家畜の人生だと思います。

過去の歴史から分かったことは他にもあります。感染症対策の基本は、衛生的な環境と自己免疫力です。難しい言葉を使わなくても簡単な話で、手洗いうがいをして、笑って暮らすことです。

コロナウイルスを甘くみてはいけませんが、やれることを最大限にやって、その上で普通に近い生活をしないと、ありとあらゆることを制限されて、防空壕の中で暮らし続ける生活を長期間続けると、精神的にどういう影響があるのか、確たることは言えませんが、私は精神に良い影響があるとは思えません。

この普通に近い生活をする、ということがすなわちコロナとの戦いなのだと思います。

そして2つ目です。私は人生でも、音楽でも「思考停止」を一番嫌います。フェルマータはこれくらいの長さだ、とか、この曲はこう演奏するものだ、とか、@@はこう振っていた、とか、自分で考えずに演奏するのはつまらないし、音楽に対する冒涜だとさえ思います。

同様に、コロナウイルスが蔓延した。危ないから家でじっとしていよう。というのは、私には思考停止に見えるのです(モーツアルトはこう演奏するものだ、という考え方同様にその考え方は否定しません。)。

私は恐ろしい感染症が蔓延していることには十分注意を払いながら、いかに自分らしく生きるか、模索して、もがいて、足掻きたいのです。人間に生まれたのですから。こうした考え方を私はベートーヴェンから学びました。

決めつけたものの言い方になりますが、バッハはひたすら神に対する賛美を行い、モーツアルトは純粋に音楽を極めましたが、ベートーヴェンの音楽には哲学があります。それは「いかに生きるか?」という大きな問いです。

「問い」は大切です。

私はコロナ環境下でいかに新しい生活を、新しい音楽を、新しいアマオケのあり方を、問いかけています。いや、ちょっと違いますね。コロナに問われていて、それに答えを出そうとしているのだと思います。

例えば、手を洗うことが重要なのではありません。何も触れていなければ(空気中にウイルスが浮遊していなければ)ウイルスは手についていないので、手を洗う必要はありません(わかりやすく断言しています)。つまり目的は手にウイルスをつけないことで、ついてしまったウイルスを他に広げないために手を洗うのです。

密閉された部屋で、密集して息を吐く管楽器が演奏するというのは、「三密回避」という観点から考えると、思考停止していれば「無理でしょ」と簡単に結論が出ますが、密閉がダメなら、換気をすれば良いし、それがどれくらいの部屋に対して、何人いる時に、どれくらいの頻度で換気をすれば良いのか「考えれば」良いのです。

その考えることをせずに「三密回避」だけを高らかに謳っているのでは、それは思考停止をしているだけです。

文京フィルハーモニック管弦楽団は、感染症対策を万全に厳重に行った上で、練習を実施しています。コントロールできないことまで管理していませんが、コントロールできることに対しては、楽員から「やりすぎなのでは?」と言われるほどやっています。

例えば、管楽器奏者は演奏中フェイスシールドを顎まで下げて演奏してもらっています。私ももともとトロンボーン奏者ですから、それがどんなに煩わしく大変かわかりますが、それでも選択肢は2つしかないのです。その条件で演奏するか、諦めて家で寝ているか。

私たちは、実験を繰り返し、「三密回避」の命題をクリアしてオーケストラの合奏を続けていこうと思っています。

そして3番目は、「同調圧力」です。このコロナで「同調圧力」という単語が以前よりも聞かれるようになりましたが、例えば電車の中でマスクをつけていない人と喧嘩になる。などというニュースがそれにあたります。

電車の中でマスクをしない人と、マスクをつけて大きな声で喋っている人とどちらが、感染症にとって悪影響があるでしょうか?私は答えを持っていませんが、前者は社会的に非難されますが、私も電車や地下鉄に乗りますが、後者はいっぱいいて、誰からも注意されているのをみたことがありません。

自分が我慢しているのだから、お前も我慢しろ、という同調圧力は日本社会においては、「和」を作るために必要な部分もあるのだと思いますが、少なくとも芸術をするのには全く必要ありませんし、そもそもこのオーケストラは他のアマオケがやっていないことをやろうと思って始めたのです(オーディションをしないとか、月の団費をとらないとか)。

我慢を押し付けるのもおかしいし、自分が危険を冒しているんだから、あなたも頑張りなさい、も全くナンセンスで、大切なのは自分一人の頭で考えて、自分の行動に責任を持つことなのだと思います。

この「責任」は感染に対する責任ではありません。くどいようですが、どんなに頑張っていても感染する人は感染してしまうものだからです。

フェイスシールドの他に、パーテーションを使用した練習の実験を行いました。これを使えば、2メートルの距離を取らなくても、飛沫感染防止になるからです。弦楽器はすでに2メートルではなく、1メートルに狭めています。演奏中は喋らないし、マスクを常に着用しているからです。

画像は実験としてハンガーラックにラップを巻いてみたのですが、抗菌のビニールシートの薄いのが良さそうだということもわかってきました。今は金管楽器のベルからのエアロゾル対策を模索していますが、これからは部屋の湿度をどうしたら良いか(高い方が感染症対策には良いが、楽器にはよくない)、部屋の換気をどうしたら良いか、いろんな選択肢を模索して、実験して、自分の頭で考えて、新しい時代の新しいアマオケのあり方を見つけ出したいと思います。

コロナに負けないという気持ちも強いですが、コロナが出してくれた問いに、最速で最高の答えを出し続けていこうと考えています。

About NO Masaharu

元々トロンボーン吹きですが、棒振りです。好きな作曲家はベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーです。 ビールと餃子とカレーが大好きです。